雑記

批判が増えると強くなれるのか


先日、日本代表のワールドカップが幕を閉じました。ブラジル相手に、前半に先制ゴール。後半早々に同点ゴールを浴び、後半も残り数分という所で逆転ゴールを決められてしまうという、観ている者としては(選手は言わずもがな)メンタル的にダメージの残る敗戦となりました。

試合後、SNSでとある投稿が目に入りました。

“ここで批判されないともっと強くはなれない”

といった趣旨の内容でした。

今回、この「外部からの批判で強くなるか」について、自分の考えを整理してみる事にしました。

結論として、「この問いに対する正解はない、人それぞれ」というガチガチの予防線を張った上での筆者の考えとしては、批判があるから強くなるという側面はあると思っています。ただ、後述しますが、今回批判が特に多く集まっている逆転ゴールの場面について、特定の選手を批判する事が強くなることに繋がるとは思いませんでした。

批判がある事で強くなると考える理由

批判は、結果や事実が期待値より下ブレした際に発生すると考えています。「批判が発生するのは期待されているから」という考えです。また、もし批判の数が期待の数だとすれば、批判の数が多いという事はそれだけ世間の関心を集めている事の証明ともいえます。

スポーツに限らず、人やチームは、期待に応えられなかった際に批判をされることで、次こそはその期待に応えようというエネルギーが生まれると思います。

また、スポーツの場合、世間の関心が高い事が分かれば、スポンサー獲得に繋がる等のメリットもあるかもしれません。スポンサーがつけば、より良い道具を提供して貰える・トレーニング環境を改善出来る等の様々なメリットがあります。

批判発生のメカニズムが「結果と期待値のギャップ」であれば、批判が発生しないということは、

  • 期待されていない
  • 関心を持たれていない

と言い換える事も出来ると思います。

世間からの関心を持たれない事は、選手(チーム)のモチベーション低下以外にも

  • パワハラ等のコンプライアンス違反がまかり通る
  • 協会等の資金の流れが不透明になる

といった弊害も考えられます。

世間の目や批判は、人や組織の士気を高めるトリガーになり得ます。また、マイナスな方向へ物事が進みそうになった際の抑止力という面から、それは間接的に強化に繋がっているという視点はあると思います。

「期待はして、でも批判はしないで」は理想かもしれないけれど、たぶんムリ

「期待はして欲しい、でも批判はしないで欲しい」

もしかすると、これが理想なのかもしれません。ただ、この理想は構造的にあり得ないとも思います。

なぜ構造的に起こり得ないかというと、期待・批判する側が圧倒的な不特定多数勢力だからです。

「ブラジルに勝つぞ、W杯を優勝するぞ」という期待を集めているのは、サッカー日本代表チームです。日本代表チームは、監督と監督が選んだ26名の選手と、選手以外の各種スタッフを入れて50人くらいです。現実的に期待を集めているのは、選手+監督の27名です。

一方で、期待・批判をする側は不特定多数です。何人がブラジル戦を観ていたのかは分かりませんが、Geminiが平均視聴率から割り出すと1,800万人+DAZN視聴者の人数という計算になるようです。肌感として、そこまで多くないのでは?と思うのですがどうでしょうか。

この人数が本当なのかの検証は一旦さておき、試合を見た人の1%の人が批判的な投稿をしたとすると、それでも18万人という人数になります。

18万人もの人数に「批判をしないで」というのは、普通に考えれば不可能だと思います。

SNSで批判をしてはいけないのか

それはNoだと思います。

自分が「これは違う」と思う事象について、SNSに「自分はそうじゃないと思う・自分はこう感じた・もっとこうした方が良かったと思う」などと批判的な投稿する事は、構わない事だと思っています。

今回の試合であれば、失点の場面について「あの選手はもっと○○した方が良かった」や、選手交代や配置について「○○選手を出してもっと前に配置した方が良かったのではないか」等です。

各個人が様々な感想・批判的な意見を持ち、それをSNSに投稿する事を制限・規制する法律やルールはありません。また、そのような制限は無い方が良いとも思っています。

批判が強くなることに繋がるとは思わなかった理由

適度な批判がポジティブに働く可能性があることは、先に触れました。

では、今回において批判が強化に繋がらないと筆者が考えた最大の理由は、数の暴力になると感じたからです。

仮に1%だけの人が批判したとしても、27:18万です。分かり易く書くと、27:180,000です。文字通りケタが違います。

仮に批判の1つ1つは、適切なものだとします。それでも、27人(もっというと、ネットで目立つのは特定の数名)に対して18万人が批判する事がポジティブな影響ばかりだとは、個人的には思えませんでした。

実際には誹謗中傷紛いの投稿もあるでしょうし(実際目にしました)、だからこそ「ここでの批判は日本代表が強くなる上で必要」という意見には、個人的には賛同出来ませんでした。

ただ、この意見やこの意見に賛同する人が間違っているとも思いません。暴力的とも見える多数の批判に晒されることで、よりチームや選手がレベルアップする可能性を排除はできないからです。実際、それを目にすることでより奮起する選手もいると思います。そこで奮起出来る選手でなければ、W杯で優勝はできないという意見も、否定されるものではありません。

繰り返しにはなりますが、各個人が様々な感想・批判的な意見を持つことや、それをSNSに投稿する事は自由です。ただし、誹謗中傷はダメ絶対。

まとめ

まとめというまとめは、無いです。筆者ももちろん落胆しましたし、「あのプレーはもう少しこうならなかったのか」と思ったのは、否定しません。ただ、そこでなぜ自分は批判しなかったのか(出来なかったのか)という疑問に対して、思考を整理するために書いてみました。

代表離脱後に購入した、遠藤航のユニフォームです。筆者は浦和レッズサポーターなので、遠藤航のチーム離脱は残念でした。


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