先日、YouTuberのなすぴーさんが、富士ヒルのリザルトから様々な考察をされており、非常に興味深く拝見しました。そこから、次は筆者の視点で、富士ヒルのリザルトを使ってなにか面白い分析が出来ないか考えておりました。
そこでたどり着いたのは
「富士ヒルの過去大会のリザルト(タイム)と今年のリザルト(タイム)を比較し、何か見えてくる物はないか」
今回、これを調べてみる事にしました。
テーマの選定理由
「近年(といっても筆者が最後に参加したのは2022年ですが)ヒルクライムレースのレベルが年々上がっているように感じていて、それがリザルトやデータに表れているかを調べてみたかった」というのが理由です。
富士ヒルのフィニッシャーリング、かつては「ゴールド・シルバー・ブロンズ」の3種類でした。
ところが、ゴールドを余裕で獲れてしまうサイクリストへのモチベーション維持が目的なのか、2019年に「プラチナ」が新設。そのプラチナリングも、当初は数名のみの達成だったのが、2025年には選抜クラスだけでも獲得者は28名に。
富士ヒルの場合、年代別順位に重きを置く人は少ない印象なので話を乗鞍に移しますが、乗鞍も年代別優勝のハードルが年々高くなっている感覚があります。コロナ前辺りからその傾向が顕著になり、2015年頃であれば61分代で十分優勝を狙えたのが、いまや60分を切っても優勝出来ない年代があるほど。
ホビーのヒルクライムレースが年々レベルアップしているという肌感覚は、皆さんあるのではないでしょうか。
年々レベルが上がる理由
では、なぜホビーレースのレベルがこうも上がっているのでしょうか?理由は様々あると思いますが、筆者は大きく2つあると考えています。
高度なトレーニング手法が一般層へ浸透した
今でこそ、ローラー台(含Zwift)を使ったトレーニングは、多くのサイクリストに普及しました。ただ、2010年頃はごく一部の「異常者」のみのツールでした。ましてや平日の出勤前朝5時からローラー台を回すなぞ、当時100名規模のチーム内でも両手に収まる程度の「選りすぐりの異常者のみの奇行」だったと記憶しています。
さらに、当時はZwiftやスマートローラーはありませんので、純粋な「ローラー台」でひたすら自分に課した負荷をかけるだけの行為でした。ペダルを回すと画面が動き、画面内の勾配に合わせて負荷が上下する現代のスマートローラーやZwiftは、当時からすれば夢のような機材です。
これが、実業団レースを走るごく一部の層だけでなくホビーレーサー(実業団レーサーもホビーレーサーだろという指摘はさておき)までもがこのような奇行に走れば、全体のレベルが上がるのは自然な事だと思います。
同時に、トレーニングの理論も日々進歩しています。2010年頃は「ヒルクライムレースに於いてインターバルトレーニングは不要、メディオが基本で週1回ソリア(今でいうL5)をやれば十分」という論調でした。
本記事はトレーニング理論の解説を目的としていないので割愛しますが、現代では「SST(L4より少し下)でもFTPは十分上昇する」「急勾配区間でどうしても負荷の上下が発生するので、インターバルトレーニングもした方が良い」「ヒルクライムレース目的であれ、練習の8割はZ2で良い」etc、2010年頃では考えられなかったような理論が幾つも登場しています。
高度なトレーニング理論とローラー台によるトレーニングがより身近になり、結果的にホビー層のレベルが上がったのでは?という考察です。
機材の進化
本記事は機材の解説を目的としていないので詳細は割愛しますが、筆者がジロを観に行ったコロナ前の2019年時点では、プロトン内でディスクブレーキとリムブレーキの使用率は半々程度。そして、ディスクブレーキのバイクもフロントブレーキの油圧ホースがバーテープの下からフロントフォークの肩に入っていく、所謂「ホース外装」のフレームが走っていました。
ところが2025年のいま、UCIレースからリムブレーキやワイヤー外装式のバイクは完全に駆逐され、ディスクブレーキ&ホース内装が「常識」になりました。この変化はホビーレースにも見る事が出来ます。ツールド沖縄やニセコクラシックのようなロードレースの上位入賞者は言うまでも無く、富士ヒルや乗鞍といったヒルクライムレースであれ上位入賞のバイクは内装ディスクブレーキ車が独占しています。
「平均レベルの人が内装ディスクブレーキ車に乗り換えれば上位入賞出来る」という事はありませんが、同レベルの選手が競えば、機材の新旧が順位に影響しうる事は想像に難くありません。
調査の条件
- 2018年(コロナ前)、2022年(コロナ禍&筆者が参加した)、2025年(コロナ明け)の富士ヒルリザルトを筆者が目視確認し、データを拾いました。
- 集計対象は、各大会の「カテゴリー1位」「カテゴリー10位」「カテゴリー中間値」としました。
- 女子カテゴリーは、nが少ない上にタイムのバラつきが非常に大きいため、今回は男子カテゴリーのみとしました。
富士ヒル、カテゴリー毎の年別タイム推移
男子選抜
選抜 | 優勝タイム | 10位のタイム | 中央値 |
2018 | 0:57:10 | 0:59:09 | 1:02:33 |
2022 | 0:57:07 | 1:00:04 | 1:02:33 |
2025 | 0:57:35 | 0:58:05 | 1:02:33 |
優勝タイムは、各大会ほぼイコール。その他カテゴリーとは異なり、タイムよりも順位が重要なカテゴリー。よって、ロードレースのように展開があるらしいので(筆者は未体験ですが)、単純な右肩下がりにはなりにくいと思われます。
注目すべきは10位のタイム推移。展開のアヤもあったのかもしれませんが、2025年は明確に速いです。逆に、中央値は全く変動無し。ただ、これは選抜クラスの門戸が開かれた事が影響しているように思います。それでも、スバルラインを62分で走ってやっと真ん中という世界、凄すぎます。
19-29歳
男子19-29 | 優勝タイム | 10位のタイム | 中央値 |
2018 | 1:01:15 | 1:03:46 | 1:33:51 |
2022 | 1:02:07 | 1:03:58 | 1:27:41 |
2025 | 1:01:24 | 1:04:17 | 1:24:59 ※ |
各タイムについてコメントする前に1点。2025年は、19-24歳・25-29歳にカテゴリーが分かれているため、2025年の中央値は計算値です。まず、19-24歳カテゴリーと25-29歳のそれぞれの中央値を抽出。そして、2つの中央値の間のタイムを、仮想中央値としました。(なお、19-24歳と25-29歳の中央値はいずれも1時間半を切っていたので、ある程度近い値になっているとは思われます)
それを踏まえて各順位のタイムを見てみると、優勝タイムと10位のタイムは、2018年からさほど変化はなし。
一方、中央値は大きくタイムアップしています。20代(一部10代を含む)の中央値レベルは、2018年では「ブロンズに届かない」だったのが、2025年には「ある程度余裕をもってブロンズ達成」くらいまで上がった事が分かります。
30-34歳
男子30-34 | 優勝タイム | 10位のタイム | 中央値 |
2018 | 1:00:04 | 1:03:53 | 1:32:37 |
2022 | 1:03:10 | 1:05:29 | 1:29:24 |
2025 | 1:02:00 | 1:03:52 | 1:28:31 |
優勝タイムは、2018年が外れ値レベルに速い事を除けば概ね他カテゴリーと同レベル。10位のタイムが2022年だけ遅いのは、この年は4合目以降向かい風が強くタイムを出しにくいと言われた年だった事が影響したかもしれません。
この世代も、中央値は年々順当に速くなっています。このカテゴリーも2018年は「ブロンズに届かない」だったのが「ブロンズを達成」になっています。
35-39歳
男子35-39 | 優勝タイム | 10位のタイム | 中央値 |
2018 | 0:59:50 | 1:04:28 | 1:37:08 |
2022 | 1:02:48 | 1:05:17 | 1:29:12 |
2025 | 1:01:16 | 1:03:50 | 1:28:30 |
2018年の桁違いな優勝タイムを除けば、こちらもある程度の範囲に収まっている印象。年代別でプラチナは凄すぎます。
この世代も、中央値のレベルアップが目を引きます。2018年比では9分も速くなっており、このカテゴリーの半数以上の人がブロンズを達成している事が分かります。
富士ヒル公式では「平均タイムは1:40:00前後です」と発表されていますが、メカトラetcの外れ値を含んだ平均マジックが仕事をしているのだと思われます。少なくとも男子のU40までで言えば、「半数以上はブロンズを達成」している事が分かりました。
40-44歳
男子40-44 | 優勝タイム | 10位のタイム | 中央値 |
2018 | 1:02:28 | 1:04:47 | 1:37:39 |
2022 | 1:03:08 | 1:04:22 | 1:34:04 |
2025 | 1:01:16 | 1:05:37 | 1:31:41 |
優勝タイムの10位のタイムは、年々伸びているという感はありません。
個人的に注目したのは、中央値のタイムです。ここまでの若年カテゴリー同様、年を追う毎に中央値のタイムは速くなっています。ただ、ここまでのカテゴリーと異なり、中央値のタイムが1:30:00を切っていません。
筆者はまだ未経験のゾーンなので分かりませんが、30代から40代になる過程で、一気に加齢による弱体化が進むのかもしれません。30代までは「若さ」で押し切れたモノが、40代になると通用しなくなる事も考えられます。
40代でブロンズを目指す人は、30代の頃と同じトレーニング方法や頻度・強度では、届かなくなるかもしれません。逆にいえば、40代でブロンズを獲得できている人は、同世代の中では間違いなく速い方であることを示しています。
45-49歳
男子45-49 | 優勝タイム | 10位のタイム | 中央値 |
2018 | 1:03:53 | 1:05:57 | 1:38:35 |
2022 | 1:02:38 | 1:05:58 | 1:36:02 |
2025 | 1:01:38 | 1:06:58 | 1:34:57 |
ここまでのカテゴリーと異なり、優勝タイムが年々速くなっている点を特筆すべきと感じました。理由は様々あると思いますが、トレーニング手法・理論の進歩に加え弛まぬ努力を続けた結果、この年齢でも選抜と同レベルの走力を持つ人が増えたのかな?と想像しました。あとは、10年前速かった人が、生存者バイアスで今も残っている可能性も考えられます。いずれにせよ、筆者より3分近く速い40代後半のオジ様、凄すぎます。
10位のタイムは殆ど変化がありませんが、中央値は順当に伸びています。それでも先に言及したとおり、ブロンズには届かず。
50-59歳
男子50-59 | 優勝タイム | 10位のタイム | 中央値 |
2018 | 1:05:40 | 1:09:43 | 1:45:51 |
2022 | 1:04:46 | 1:08:44 | 1:41:50 |
2025 | 1:03:40 | 1:06:56 | 1:42:22 ※ |
2025年は50-54歳と55-59歳にカテゴリーが分かれているため、2025年の中央値は計算値です。計算方法は19-29歳のカテゴリーと同様、50-54歳と55-59歳カテゴリーのそれぞれの中央値を抽出。その2つの中央値の間を仮想中央値としました。
優勝タイムと10位のタイムは、年々速くなっています。理由は、45-49カテゴリーと同じかな?と。中央値について、ここ迄の各カテゴリーは年を追う毎に速くなっていましたが、このカテゴリーはそうはならず。
さすがにこの世代になると、機材やトレーニング理論の進歩による恩恵よりも、年齢的なネガが勝ってくるのかな?と想像しました。ロードバイクの主要顧客層というと、個人的には40~50代の男性というイメージです。その世代でも、機材の進歩によるタイムアップが認められるかな?と期待したのですが、50代になると流石に厳しいのかもしれません。
60-69歳
男子60-69 | 優勝タイム | 10位のタイム | 中央値 |
2018 | 1:16:41 | 1:22:10 | 1:58:34 |
2022 | 1:10:36 | 1:20:07 | 1:55:00 |
2025 | 1:12:49 | 1:16:19 | 1:55:12 ※ |
このカテゴリーも、2025年の中央値は計算値です。計算方法も、ここまで紹介したとおり。
優勝タイムは各大会バラツキがある一方、10位のタイムは年々速くなっています。中央値も、大きくタイムアップとはならず。完走者数がこのカテゴリーから激減(50代がn=約1,500に対して60代は300超)するため、データもアラのあるデータになっていると思われます。
個人的には、60代で富士ヒルに参加しているだけで、十分凄いと思います。
まとめ
特別まとめらしいまとめは無いのですが、調査のキッカケになった
”ヒルクライムレースのレベルが年々上がっているように感じていて、それがリザルトやデータに表れているかを調べてみたかった”
これは、ある程度傾向が確認できたように感じます。
ある程度の年代までではありますが、中央値のタイムの伸びは明らかです。優勝タイムについては、明確に年々早くなっているとは言い難いですが、40代以降の年代において、伸びを認めました。
いずれも、トレーニング理論や手法と機材の進歩によって、平均レベルが上がっているものと推察します。
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