「ヒルクライムを速く走りたい時、タイヤはクリンチャーとチューブレスどっちを選ぶべきか?」
ヒルクライムの市民レースを頑張りたい私にとって「ヒルクライムで優先すべきは、重量か空力か」の次に気になる問いの一つです。
一般に「チューブレスの方が仕組み的に速い&乗り心地も良い」と言われますが、その一方運用や管理に手間が掛かります。
- 1時間のヒルクライムレースに限定すれば、チューブレスでもCLでも大差無い
- 平坦路やダウンヒルはチューブレスが速いけど、登りに限って言えば実はCLの方が速い
もしこのような事実があるとすれば、私にはチューブレスを使うメリットが殆どありません。逆に、ヒルクライムに於いてもチューブレスの方が速いのであれば、レースの際は手間を惜しまず使いたい。
実際のところ、ヒルクライムにおいてチューブレスってどうなのよ?
今回、これを実際に走って確かめてみました。
いつもの如く、結論だけを知りたい方のために先に結論を書きます。
GP5000 TLR | GP5000 CL | |
Lap1 | 265w / 13:12 | 265w / 13:05 |
Lap2 | 265w / 13:17 | 265w / 13:04 |
平均勾配5.4%、登坂距離4.4kmのヒルクライムにおいては、CLの方が登坂1本あたり平均10秒速かった。この結果を、富士ヒルに置き換えると、54秒程度の差が生まれる可能性がある。
以上の結果となりました。
なお、本文に行く前に、言葉の定義を。
この界隈は、表記がメーカー毎に様々です。ここを明確にしておかないと、以降の話が訳分からなくなります。従って、この記事内に於いては
- アルファベットで『TL』:完全なチューブレス、シーラント不要
- アルファベットで『TLR』:チューブレスレディ、シーラント必要
- カタカナで『チューブレス』:上記全般
このように定義します (といっても、記事内を通して最後までコレで正確に書ききる自信がありません。もし記載誤りがあれば、文脈から推測するorコメント欄でツッコんで下さい)。
チューブレスの現状と、抱えている問題点
- 前モデルより走行抵抗を○w低下
- チューブレスに対応する事で、走行ロスを○w削減
- 前作より○gの軽量化を達成
- 耐パンク性能が○%向上
新製品のタイヤは、このような謳い文句を纏い、各メーカーから発表・上市されます。
そのなかでも私が特に気になるのが、チューブレスタイヤのポテンシャル。各タイヤメーカーの言い分をざっくりまとめると
「チューブがタイヤの内部で変形する事で、それが走行抵抗になる。その走行抵抗源が無いチューブレスは、最も速いタイヤシステムである」。
文字に起こしてみると、非常に納得感のある文章です。
にも関わらず、チューブレスは現状市民権を得ているとは言い難いのが実情です。これについて、個人的には問題が大きく2つ有ると感じています。運用面と重量面です。
運用上の問題
ここからは経験された方も少なくないと想像しますが、チューブレスは取り付けて走り出す迄が面倒くさい。
エア漏れが発生しビードが上がらない、なんて事は日常茶飯事。ビードが上がっても、翌朝にはほぼ完全にエアが抜けていて使い物にならない、何てことも珍しくありません。
加えて、これはお恥ずかしながら私も最近まで分かっていなかったのですが、シーラントはタイヤの中で乾きます。つまり、シーラントは定期的に注ぎ足しが必要です。
ただ、乾いたシーラントカスはタイヤ内に残り続けるので、何の役目も果たさないただの重量物がタイヤの中に蓄積されていきます。これが嫌なら、定期的に掃除をする必要があります。
現状チューブレスは
- タイヤメーカー(exミシュラン・パナレーサー等)による違い
- タイヤの種類による違い(VittoriaのCorsa と Corsa N.ext など)
- タイヤのロットによる違い。いわゆる個体差
- リムの形状とハンプの有無
- リムテープ、巻き数の多少・巻くスキル
- バルブコア、特にリムと密着する部分の形状の違い
- シーラントの種類・量・行き渡らせ方
- ポンプの能力
ちょっと意地悪な言い方をすれば、これら全ての「ガチャ」を無事突破した者のみ使えるタイヤシステム、という印象です。
なお、「タイヤとホイールを一括で規格・製造しているメーカーの製品同士(スペシャライズドのタイヤとRovalのホイールetc)であれば、近年組み付けの難易度はかなり良くなった」という情報も目にします。
ただ、そうなると機材の選択肢はかなり限定されてしまいます。シマノやカンパのホイールは使えません(同社製タイヤは無い)し、コンチネンタルやミシュラン・ヴィットリアといったメーカーのタイヤは使えません(同社のホイールは無い)。
また、出先でパンクした時も面倒くさいですね…
チューブレスの運用上における不満を書き連ねると文字数が無限に増えるので、一旦ここまでとします。
重量面の課題
上記組み付けの問題の他に、チューブレスはCLと比較して重くなるのも気になります。
某直営店のブログでは
“足回りを「TLRタイヤ+シーラント」に交換することで「CLタイヤ+ブチルチューブ(ただしめちゃくちゃ重いやつ)」より軽量化できますよ!”
という旨の記事を投稿していました (記事の直リンクは自粛します)。
確かに「めちゃくちゃ重いブチルチューブを入れれば」チューブレスの方が軽くなりますが、ラテックスや軽量ブチルチューブを使えば、重量はトントンor CLの方が軽くなります。
以下例
CLカタログ値総重量 293g
- Bontrager R3 Hard-Case Lite Road Tire 25c (CL) 210g
- Bontrager Ultra-Lightweight Latex Presta Valve Bicycle Tube 83g
TLRカタログ値総重量=320g
- Bontrager R3 Hard-Case Lite TLR Road Tire 25c (TLR) 285g
- シーラント指定量35ml (35gと仮定)
一部のキワモノ的な超軽量パーツではなく、すべて記事を作成した会社HPの製品からパーツを選定しても、CLの方が軽くなります。
上記例以外にも他社製品でいくつかのパターンを確認しましたが、基本トントンor若干CLの方が軽いと思った方が良いです。チューブレスタイヤには空気の保持層が組み込まれており、CLのタイヤより50-70g程度重くなってしまうからです。
しいて言うなら、パナレーサーのアジリストTLRは非常に軽量のため、TLRの方が軽くなる組み合わせが多いと思います。それでも、TPUチューブを使うとCLの方が軽くなりますが…
あぁ、こちらもいろいろ言い出したらキリが有りませんので、これくらいにしておきます。
ということで、当該記事で書かれている「TLRの方が軽い」という言い分は「そういう場合もある」に過ぎません。
実験のきっかけ
「理論上チューブレスが最も速いという説明に、ある程度の納得感はある。また、走行中の快適性が上がるのは個人的にも実感出来る。ただ、チューブレスは前述した組み付け・管理の煩雑さ抱えている。チューブレスの方が速いとして、その速さはこれらの面倒を一掃出来るくらい、圧倒的に速いの?」
これ、私を含めた多くのサイクリストが疑問に感じているのでは無いでしょうか?
この疑問を、「調べてみました」というのが、本投稿の趣旨です。
題して「ヒルクライムでは、クリンチャーとチューブレスではどちらが速いのか? Vol.1」
結論は、冒頭に記載したとおりです。
各種実験条件
比較対象タイヤ
空気圧は、CLを5.0。TLRの空気圧は、筆者の体重(60kg)の最適圧を各種サイトやメーカーHPで調べ、4.0とした。どちらのタイヤも、実験前の時点で500km~1,000km程度走行済み(Strava調べ)。
バイク
- フレーム:Bianchi Specialissima Disc2021
- 車重:7.6kg(メーター・ペダル込み)
- ホイール:Mavic CosmicSLR45 (リム内幅19mm)
- メインコンポ:Shimano Ultegra12s
実験コース
勝尾寺ヒルクライム(平均勾配5.4%、登坂距離4.42km)
実験に際しての、その他条件
基本的な条件は、「エモンダ vs スペシャリッシマ」と同様です。
- 両タイヤで2本ずつ計4本、すべてLap平均パワーが265w(約4.4w/kg)になるよう登坂する。
- 空気抵抗が同じになるよう、全行程をブラケットポジションのシッティングで登坂する。上ハンやダンシングはしない。
- 各回の風向き・気温上昇に伴う気圧変化etcは、私にコントロール出来ない事なので考慮しない。
- パワーメーターは、「Assioma Duo」を使用する。1本目の走行前に、メーカー指定の方法(スマホアプリ)でゼロ校正を行う。
- TLRとCLの各1本目の前に、ボトルを満タンにした。飲水は走行中には行わず、登坂後に実施した。
- CLのチューブは、Vittoriaのラテックスチューブを使用した
- TLRは、約半年前の組み付け時に前後それぞれ40gのシーラントを入れた。実験後タイヤを外した際の残量は、以下写真の通りだった。
結果
GP5000 TLR | GP5000 CL | |
Lap1 | 265w / 13:12 | 265w / 13:05 |
Lap2 | 265w / 13:17 | 265w / 13:04 |
CLの方が、2本とも良いタイムを出しました。参考までに、昨年同コースで実施したエモンダvsスペシャリッシマの結果は以下の通りです
Emonda | Specialissima | |
Lap1 | 265w / 13:03 | 265w / 13:09 |
Lap2 | 265w / 13:04 | 265w / 13:07 |
この時、スペシャリッシマのタイヤはミシュランパワーカップですが、今回と前回で似たようなタイムになっています。よって、ある程度信用できるタイム・結果かと思います。
考察
この1回の実験をもって「なんだ、TLRを使う意味ないじゃん」と判断するのは、まだ難しいと思います。
- タイヤが、コンチネンタルではなくVittoriaやパナレーサーだったら?
- サイドが飴色じゃなくて、ブラックだったら?(本当はブラックが欲しかったんですが、当時売り切れでした)
- タイヤの幅が、25Cではなく28C・30Cだったら?
- CLのチューブが、ラテックスではなくTPUだったら?
- ホイールのリム内幅が、19mmでは無く21mm・23mmだったら?
- チューブレスの空気圧が、3.5Barだったら?
- シーラントをもっと減らしてみたら?
- 路面条件が、もっと荒れたコースだったら?
「CLとチューブレスどちらが速いのか」を調べたい場合、パっと思いつくだけでもこれら条件下での実験が必要だと思います。(抜け漏れはあると思いますが)
「上記全てで」とは言わないまでも、少なくとも半分以上の条件下でCLの方が速くなければ、「CLの方が速い」と断定はできないと考えています。
つまり、今回の実験だけで結論を下すことは不可。あくまで、泥沼への火蓋が切られただけです。
取り急ぎvo.2として、別のリム内幅21mmホイールでの実験は検討しています。ただ、「CL vs TLR」はこのシリーズでも群を抜いて面倒臭いので、いつになるかは分かりませんが。
まとめ
チューブレスの方が、乗り心地は良いと感じます。ステージレースを走るプロライダーであれば、毎日の疲労を少しでも減らして翌日以降のパフォーマンスに繋げるという事は、非常に大事になるはずです。一般ライダーでも、長距離乗るのであればチューブレスを使うという判断は大いにアリだと思います。
また、シーラントが入っている事で、微小なパンクであればゴールまで辿り着けるというメリットもあるはずです。もしレースの先頭を走っていて残り500mでパンクしたとして、CLなら走行不能で優勝を逃すかもしれませんが、チューブレスならリードを何とか守ってゴールできるかもしれません。
ただ、アマチュアサイクリストが走る1時間程度のヒルクライムレースやワンデーレースであれば、快適性が少々犠牲になってでもタイムを重視したくなる人も居るでしょう。
「あっちが良い、こっちはダメ」という2択の議論ではなく、自分にとって何が必要かの優先順位をつけ、その上でタイヤを選ぶ必要があると思います。
その際、今回の実験結果が少しでもタイヤチョイスの参考になれば幸いです。
2023.05.11
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