機材 考え方

シマノクランクの剥離問題を考察する


昨年2023年の9月、シマノ株式会社(以下シマノ)より、接着型クランクリコールのお知らせがありました。点検プログラムの概要etcは、こちらのリンク先をご覧下さい。リコールの詳細説明に記事の文字数を費やしても仕方が有りませんので、ここでは詳細は割愛します。

本記事では、今回の無償点検プログラムが筆者にどのように関係したかの事例紹介と、筆者が本プログラムについて思うところを、思うまま記載したいと思います。

「対象ロットをお使いの方は、どんなレベルのサイクリストであれ最低一度は点検を受けるべき」

コレが、本記事の結論です。

筆者の手持ちクランクについて

筆者の場合 該当するクランクは以下の通りでした。

  • FC-9000P FC-9000にパイオニアのペダリングモニター左右がついたもの。左足は、パイオニアの製品検査によって剥離が確定しています。右は問題ありませんでした。
  • FC-9100 クランク左右。某メーカー直営店で点検したところ、異常なしの判定を受けました。後日、筆者が目視で確認したところ、右クランクに2箇所接着剤の凹み?穴?を認めました。
  • FC-9100 4iiiiの左足片足パワーメーターつき。「あの引き出し」の中にある筈ですが、未確認です。

以上のとおりです。

FC-9100右クランク接着面の穴?です。iPhone13のカメラなので、これが精一杯ですみません。なんでこんな事になったのかは、分かりません。

FC-9000P 剥離発覚までの経緯

  • 2017年7月 シルベストサイクル箕面店(当時)にて、FC-9000Pを購入。
  • 2021年2月 パワーメーターの数値が、体感・峠のタイムに対して低く表示される現象が発生。
  • 2021年5月 シルベストサイクル梅田店(箕面店が閉店したため)経由で、パイオニア社へパワーメーターの修理を依頼。
  • 2021年6月 パイオニア社より「パワーメーターには異常なし。数値異常はクランクの剥離が原因」との回答を得る。

Stravaの記録やSNSへの投稿で確認出来る時系列は、以上です。

筆者のFC-9000Pは、4年弱で剥離したという事になります。その間の走行距離は、およそ3万km前後です。当時から、年間1万kmも走るような熱心なサイクリストではありませんでしたので、4万kmを越えていない事はほぼ間違いありません。

そして、クランク剥離の修理代は凡そ5万円。ただ、仮に左クランクを修理したところで、右クランクが今後近日中に剥離するリスクは残ります。であれば買い換えが妥当と判断し、左クランクの修理は見送りました。

そして肝心の、パイオニアが「剥離しています」と判定した左クランクについて。廃棄した記憶は無いのですが、部屋のどこを探してもありません。紛失したのでしょうか?右クランクは手元にあるのですが。

というわけで、「剥離判定を受けたクランクは、目視でどのような状態なのか」を本記事に記載したかったのですが、残念ながらブツが手元にありません。詰めが甘くてすみません。

FC-9100

  • 2021年 5月 FC-9000の検査中に知人に譲って貰い、リムブレーキのエモンダに取り付けて使用。知人が購入した時期は不明。
  • 2022年 2月 スペシャリッシマディスクを購入以降、FC-9100(エモンダ)の稼働率は大幅に減少。
  • 2023年11月 某メーカー直営店で無償点検プログラムを受けて、「異常なし」の判定を受ける。
  • 2023年12月 筆者が目視確認したところ、接着面の穴?凹み?を認めた。
  • 2024年12月(仮) 1年後、別の再点検に出す予定。ショップによっては「アウト」判定になるような気もする。

以上の経緯です。なお、筆者が見つけた接着面の穴(凹み)ですが

  • スペシャリッシマ(当該クランクでは無い)に乗ることが殆どである
  • エモンダの走行距離は、年間500km程度である
  • そもそも、いま自転車に殆ど乗れていない

以上から、このクランクを1年間放置する事によって起こるトラブルは、皆無と判断しています。少なくとも、今後数回のサイクリング中にクランクが剥離することは無いように見えました。

FC-9000 (4iiiiつき左足のみ)

今は使っていませんので、後日確認します。

今回の無償点検対応について疑問に思うこと

  1. 今更リコール?
  2. ショップ毎の対応差
  3. 製品寿命の定義
  4. 2回「問題なし」の判定を受けたら、安全か

これらの問題が絡み合い、様々な(主に批判的な?)意見が出たように思います。

今更リコール?

筆者としては「もっと早くにリコールが始まっていれば、FC-9000Pを廃棄?(紛失?)する事なく交換出来たのにな」というのが、率直な感想です。無論、紛失したのは筆者が悪いのであって、シマノには関係ありませんが。

今回の対応、FC-9100の2019年6月迄に製造されたロットが無償点検の対象です。つまり、コレ以降は剥離対策がされたと考えるのが筋だと思います。

対策を講じたという事は、シマノも剥離の問題はリコール発表の随分前から認識していたと考えられます。その対策が、接着剤の量を変えたのか・質(中身)を変えたのか・塗布や接着の方法を変えたのかetc、何を変更したのかは分かりませんが。

今回リコールの対象になったFC-9000が発売になったのは、2012年です。単純計算で、10年以上も昔のことです。

後述しますが、10年前のクランクなら「寿命」で押し切れそうな気がします。にも関わらずリコール対象になったという事は、仮に製品が寿命を迎えたとしても、クランクが剥がれるのは許されないというのが世の評価なのでしょう。

点検作業は、全国のショップが対応

「無償点検」に関する一連の中で、個人的に最も驚いたのはこの部分です。私は、

「シマノが、ユーザーから(ショップ経由を含)クランクを回収。シマノ社内で点検した後、ユーザー(ショップ)に返却」

という手順になると予想していました。

ところが実際は

「ユーザーがショップにクランクを持ち込み、ショップがシマノの作業マニュアルに基づき点検。点検したクランクは、異常が有ればシマノへ送付、異常が無ければユーザーに返却」

という流れになりました。

作業マニュアルを見ると、手順こそ示されているとは言え、かなり属人的な作業です。「検査機器を当てて、合否を判定」という類いの作業では有りません。

実際にやってみれば分かりますが、非常に精神的な体力を要します。朝イチでは見つけられた剥離も、1日の疲労が蓄積した夜にチェックしたら見落とす、といった事は大いに考えられると感じました。そもそも、人によって視力が違います。作業者の視力が悪ければ、それだけでも微小な亀裂を見落とす要因になります。

実際SNS上でも散見されますが「点検するショップによって、正常異常の判定が異なる”ように見える”」のです。端的に言えば、A店で「異常なし」と判定されたクランクが、B店では「異常あり」と判定される可能性があるということです。

これはおかしいですよね。

この「異常有り」と判定されるクランクは、シマノによると全体の1%弱とのことです。もし1%弱が正であれば、100本点検して1本あるかるかどうか、という確率です。これが事実であれば、ショップ側の肌感覚としては「ほとんどのクランクは問題ありません」となるでしょう。

ところが、幾つかのショップのSNSによると「異常有りのクランクが毎日のように見つかる」という旨の投稿を見ました。これについて

  • ショップ側が、シマノとしては「異常なし」と判定すべき製品を「異常あり」判定している
  • シマノが、微小な亀裂を「異常なし」とみなした結果、特定のショップとの認識にズレが発生した
  • 何らかの理由により、シマノとして公表する異常発生率は1%程度に押さえる必要があり、本来異常判定すべきクランクをカウントしなかった

どの事象が起こっているのかは筆者には分かりませんが、少なくとも「異常ありの判定基準が、シマノと特定のショップで異なる」のは明らかです。

点検と異常の有無を人間が判断する以上、どうしてもバラツキが発生します。これは仕方がありません。だからこそ、シマノ社内でチェックをすべきではないのか?というのが、筆者の意見です。

確かに、全国にある膨大な数のクランクがシマノの事業所一箇所に送付されれば、当然置き場の問題や作業納期の問題は発生します。

しかし、今回の話は「直ちに使用中止」という緊急性の高いものでは有りません。であれば、ロット順に点検を受け付けるetc工夫をして、シマノ社側で点検をする術は無かったのかな?と感じました。

製品寿命に対する認識の差

最初に断っておきますが、筆者は「いかなる製品であれ、製品の安全性は未来永劫保証されるべき」とは考えていません。モノには寿命があります。使っていれば劣化磨耗し、いずれ壊れます。それは、クランクも同じだと思います。

9000系のクランクであれば、製品発売は2012年です。発売当初に購入した製品であれば、既に上市後11年が経過しています。年間10,000km走行するサイクリストが11年使ったクランクであれば「剥離したとして、それは製品の寿命です」という考え方もあると思います(筆者はそのように思います)。

寿命を迎える=剥がれても構わないのか?と言われると、そこは筆者も「剥がれるのはダメ」と思いますが。

では、どれくらいの期間?距離?使用したら「寿命」なのか。ここの認識が、ユーザーによってバラバラなのが、この問題をもう一段ややこしくしていると感じます。

仮に「50,000km走行or使用開始から5年の早い方で寿命」とします。ちなみに、筆者がイメージする寿命がこれくらいです。これより早く故障すると「もう壊れたの?」とちょっと不服に感じます。逆に、先の通り11年も使ったら「それは寿命」という認識です。

一応ですが、5年or50,000kmとした理由があります。

  • スポーツ用自転車の減価償却が5年である事
  • デュラエース系のメーカー保証期間が3年、アルテグラは2年である事。筆者の肌感覚として、工業製品はメーカー保証期間の倍くらいは問題なく作動する事が多いが、それを超えるとぼちぼち故障するものが出てくる(後半部分は、完全に筆者の独断と偏見ですが)

このように考えました。もちろん、使用環境やメンテナンス状況によっても人それぞれ変わると思います。皆さんはいかがでしょうか?

筆者のエモンダのように、年間1,000km程度しか走らないバイク(クランク)であれば、1回合格判定を受ければ数年は剥離しないように思います。それが、10年選手の9000系クランクであってもです。

一方、年間10,000km走行するバイク(クランク)であれば、幾ら9100系であっても合格判定を貰った3ヶ月後には剥離するかもしれません。

このように、各人使用環境や保管・手入れの状況がマチマチなので、寿命を一概に言うのは困難です。ただ、「概ねこれくらい使ったら寿命です」という基準が公になっていないのが、今回の問題を余計ややこしくしていると思いました。

2回「問題なし」の判定を受けたら、安全か

言うまでもなく違います。某感染症のPCR検査と一緒です。これらの検査は、検査を受けた時点での安全性(感染していない)事を担保するものであって、明日以降の安全を保証するものではありません。

今回の無償点検対応は「一度OKの判定を受けても、1年を目安に再点検を受けること」となっています。本記事を作成している2024年1月の時点では、2回目の点検まではシマノが工賃を負担してくれるようです。

本記事作成時点で分かっていることは「1回目と、1年後の2回目点検まではシマノ側が点検料を負担してくれる」というだけです。3回目以降については、「未定」です。今後、シマノ側が4回目まで負担してくれるかもしれないし、3回目以降はユーザー負担になるかもしれません。

今回検査対象となったクランクのユーザーが全国にどれだけいるのかは分かりませんが、もし仮に3回目以降の点検が自費になった場合、どれだけの人が1年後に自腹を切って点検を受けるでしょうか?

正直に言えば、筆者も「絶対に受けます」と言い切る自信はありません。各方面から「工賃は、シマノから妥当な金額が出る」とのことなので、工賃負担も5,000円〜10,000円程度は発生する筈です。

「リコール対象クランクを使い続ける限り、クランクの確認のためにショップに行って、毎年数千円払って点検を受け続ける必要がある」

もしこうなったら、個人的には正直面倒くさいですね。さっさと買い替えた方がいいと思います。

ユーザー側には何も問題は無かったのか?

自戒を込めて書きますが、ユーザー側にも今回の問題について責任の一端はあると考えています。

メーカーのマニュアルを遵守していたか?

あまり良い例えかは分かりませんが、冷凍食品を例に考えてみます。

冷凍食品の裏面には「袋の端を少し開けてから、耐熱皿に乗せて600Wで30秒加熱してください(仮)」のような調理手順が記載されていると思います。

この商品や手順に対して

  • 「”少し開ける”は分かりにくい。何cmと記載するか、ミシン目をつける等工夫して欲しい」
  • 「B社製品はそのまま加熱できるようのに、A社は耐熱皿に載せ替えが必要。これは面倒だ」

このように考えること、それを「指摘・意見・批判」としてSNSなどに投稿する行為。コレは、筆者はアリだと思います。

ただ、いくら手順やマニュアルに不満があったとしても

  • 「早く食べたかったので1000Wで加熱したら、内袋が溶けた」
  • 「少し開けるのが面倒だったのでそのまま加熱したら、食品がレンジ内で爆発した」

これらは、メーカー側からしたら堪りません。「手順を書いてあるので、そのとおりに調理してください」としか、言いようがありません。

殆どのメーカーが、(表向きは)そんな事言いませんし、このような事態を想定した上でかなり安全の幅を持たせて設計していますが。

そしてSNSでは

  • 「A社の冷凍食品の内袋が、溶けた」
  • 「A社の冷凍食品が、レンジ内で爆発した」

往々にして、このように書かれてしまいます。これらの投稿、発生した事象こそ事実かもしれませんが、その原因は投稿者にあります。

我々ユーザーとしては

  • まず、少なくともメーカーが定めた手順やマニュアルは、読む。その上で、原則遵守する。どうしてもアレンジするのであれば、それ以降の結果は全て自己責任である。
  • SNS内の投稿は、投稿者の都合の良い部分だけが切り取られている可能性がある。

これらを、(筆者も含めて)改めて認識する必要があると感じました。

今回のクランクに当てはめると、洗車の際の洗浄液etcがコレに該当すると思います。

シマノの肩を持つつもりもありませんが、攻撃性の強い酸性やアルカリ性の洗浄液でクランクを洗浄した結果「剥離した」と言われても、メーカーからすれば「指定の洗浄液を使わないからです」となるのは、ある程度理解できます。

剥離し得る設計が悪いetcの指摘は、また別の論点だと感じています。

クランクは消耗品か?

「伸びたチェーンや摩耗したチェーンリングを放置した結果、走行中にチェーンが外れて落車転倒」

この事例、ある程度自転車歴のある人であれば、「落車した事自体は気の毒だけど、それってメンテや消耗品の交換を怠ったのが原因ですよね?」のような感想になると思います。

では、クランクが剥離して怪我を場合は?クランクは、消耗品なのでしょうか?

個人的には、クランクはタイヤやチェーンといった消耗品とは異なると認識しています(いました)。

今後、点検対象ロットを使い続けるのであれば、クランクも「消耗品」にグルーピングが必要かもしれません。

「これくらい大丈夫」かを決めるのは「こちら側」の人間である

筆者は、ユーザー側の「これくらいなら大丈夫だろう」という判断には何もコメントするつもりはありません。実際筆者も、エモンダのクランクを「年間これくらい走るから、これくらいの穴なら恐らく大丈夫だろう」と、判断をしています。

しかし、「向こう側の人」の「昔はもっと危うい製品が世に出回っていた」「これくらいで騒ぎすぎだ」といった主張は、大変に疑問です。そのように仰る方は「昔は、皆当たり前のように飲酒運転していた」といって、いまも飲酒運転をするのでしょうか?

クルマの性能や安全性の向上を考えれば、現代の方が飲酒運転をしても事故は起きにくく・また、事故の被害も微小で済むはずです。では、昔と比べて現代の方が、飲酒運転の罪や社会的責任は軽いのでしょうか?そうではない筈です。

時代は変わりました。市場の安全に対する要求水準も、昔とは違います。

今回のクランクの件、一部の「分かっているオタク」だけが乗る自転車であれば、「これくらい大丈夫」でも構わないと思います。ただ、今後自転車人口の裾野を広げていこうとするのであれば、「昔を考えたらこれくらい大した問題では無い」といった考え方は、非常にリスキーだというのが筆者の意見です。

危険の火種があればそれを事前に摘むのが、いま「向こう側の人」に求められる仕事であり、責任だと思います。

まとめ

いま問題が無いクランクが、次回のサイクリング中に剥離する確率は極めて低いと思います。ただ、週末だけ自転車に乗る人であっても、1年後までに50~100回程度はサイクリングをする計算になりますし、その間、クランクは毎回一定程度の負荷を受け続けます。微小な亀裂であれ、それが進行すれば剥離に繋がる恐れがあります。

そ筆者の場合、パワーメーターお陰で早期に剥離を発見し、事故を未然に防ぐことが出来ました。もしパワーメーターを使わず、そのまま使い続けていたらどうなったかは、分かりません。異音や剛性が落ちて気がついたかもしれないし、気が付かずに剥離して落車していた可能性もあります。

「対象ロットをお使いの方は、どんなレベルのサイクリストであれ、最低一度は点検を受けるべき」

コレが、本記事の結論です。


-機材, 考え方
-

© 2024 Better than nothing!やらないよりは良いロードバイクトレーンング Powered by AFFINGER5